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初秋の北海道 その4-彫刻家の故郷-

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安田侃。 イタリアを拠点に世界で活躍する彫刻家。侃は「かん」と呼びます。故郷である美唄市に彼の作品を展示した野外美術館があります。アルテピアッツァ美唄。 道央自動車道の美唄ICから数分のところにあるので、北海道に行ったときに時間があると必ず立ち寄ります。 安田侃という名は知らずとも、札幌駅コンコース、東京ミッドタウン、東京国際フォーラムなどにある柔らかな曲線のオブジェを見たことがある人は多いのではないでしょうか。 最も有名な作品はおそらくこれ。「妙夢」といいます。 くつろぎの場所として最高なのです。   家族連れにも人気。おばあちゃんを追いかけるおちびちゃん。 北海道は秋もう間近。 作品がここにも。 そしてここにも。 白いせせらぎも丸い池もみな作品。そして作品は野外に展示されているだけでなく、廃校になった小学校校舎の中にも展示されています。 体育館の中にも。 教室にも。 そして廊下にも。 それにしても、古い校舎がめちゃ懐かしい。自分の小学校時代はまさにこんな学校でした。 この校舎、小学校としては1981(昭和56)年に閉校しましたが、なんと幼稚園として今でも使われているのです。でも残念ながら少子化のため、2020年3月で幼稚園は閉園になるのだそうです。 ところで、美唄といえばかつて炭鉱で栄えた町。廃坑となった炭鉱設備の周りが公園として整備されているのですが、アルテピアッツァ美唄の学芸員さんいわく、そこにも作品が展示されているとのこと。時間はまだ大丈夫。これは行ってみなければ。 今日も最後まで駄文にお付き合いいただき、まことにありがとうございました。 『にほんブログ村』のランキングに参加しています。よろしかったら一票お願いいたします。  にほんブログ村 にほんブログ村

初秋の北海道 その3-にわか撮り鉄-

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札沼線。 札幌から旭川へ向かう鉄道路線といえば函館本線ですが、その西側で、函館本線に並ぶように札幌と新十津川を結んでいるローカル線が札沼線です。当初は札幌と雨竜郡沼田町の石狩沼田駅を結ぶ路線だったので札沼線。1972年(昭和47年)に新十津川から先が廃線となって今に至っています。 札幌に近い駅には複数の大学などの教育機関や、北欧風の瀟洒な住宅が立ち並ぶエリアがあり、学園都市線という愛称で電化もされています。でも、北海道医療大学駅から先は、急に乗降客が減る閑散区間で、2020年5月7日付で廃線になってしまいます。 道すがら、廃線予定区間を撮ったのでいくつか並べてみます。 朝もやの中に伸びる鉄路。汽笛を鳴らしながら蒸気機関車がやってきそうです。 錆びついた貨車が置かれています。これでれっきとした駅舎。石狩金沢駅です。中は椅子がいくつか並んでいるだけで券売機はありません。もちろん改札もなし。散歩しているおじさんがいらっしゃいました。 駅の近くには廃業してしまったガソリンスタンドが。 貨車を利用した駅舎があると思えば、こんな駅舎もあります。月が丘駅。おしゃれなログハウス。 列車がやってきました。といっても1両のディーゼルカー。 乗降客もなく森の中へ走り去っていきました。 線路の片端には野菊。 知来乙駅。向こうに見える小屋が駅舎です。 プランターの花が彩りを添えていました。 ここは、浦臼駅。また列車がやってきた、と思ったら、さきほど月が丘駅で出会ったやつでした。乗客がいる、と思ったらカメラを下げているのでおそらく私と同類。 線路脇の住宅の横を通り過ぎて新十津川へ向かっていきました。 運行最終日はマニアがたくさん集まるんでしょうね。 『にほんブログ村』のランキングに参加しています。よろしかったら一票お願いいたします。  にほんブログ村 にほんブログ村

初秋の北海道 その2 -石狩の浜-

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翌日、小樽から札幌へ向かいました。幹線ではなく海沿いをのんびりと。 途中、浜に出られるところがあったので立ち寄ってみました。 小樽方面を眺めます。 散歩に来ていた方の自転車。 風車群が見えます。丘の向こうを見たいというのは人情です。 頑張って登ったらこの眺め。冬の北西風が目当てなのでしょうけど寒そうです。 最後まで駄文にお付き合いいただき、まことにありがとうございました。 『にほんブログ村』のランキングに参加しています。よろしかったら一票お願いいたします。   にほんブログ村

初秋の北海道 その1 -小樽-

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先だって、用事があって北海道へ行ってきました。 空いた時間と移動中に撮った写真を並べます。まず、小樽から。 小樽市街を西に少し走ると小高い山になります。日本海に陽が沈むところを撮りたかったのですが、日没が見えそうな場所へ車で近づくことができません。やむなく途中にあった展望台から。 まずは超広角で日本海。 少し引いてみます。あの岩はなんだろう。 更に引きます。200mm。 再び超広角で右に振ってみます。もう少ししたらおそらく一面真っ白になるんだろうなぁ。 更に右に振ると灯台と建物が見えてきます。灯台は日和山灯台。北海道で2番めに点灯された灯台だそうです。あそこ行ってみよう。 余談ですが、遠くに見える陸地は石狩湾沿いに広がる石狩市です。 建物は小樽市鰊御殿でした。北海道有形文化財鰊漁場建築です。もとは西積丹にあったのを移築したんだそうな。灯台は修復中で、登り口が見つからなかったので行くことができません。 どんな人達が暮らしていたんでしょうね。 今日も最後まで駄文にお付き合いいただき、まことにありがとうございました。『にほんブログ村』のランキングに参加しています。よろしかったら一票お願いいたします。   にほんブログ村

YS-11

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先週、「飛行可能なYS-11がヤフオクに出品されていることがネットで話題になっている」とニュースサイトに出ていました。最初は、ふーんという程度の感想だったのですが、ふと、入札する人はいるんだろうかと気になってヤフオクを覗いてみました。 開始価格3,500万円、即決価格5,000万円。単にメカの調子が良いから飛べる、というのではなくて、法的に飛ばせる状態にある(つまり耐空証明がまだ有効)というのがすごいです。 写真をみると、日本エアシステム時代のレインボーカラーの塗装がそのまま。現在はスリランカにあるんだそうです。入札状況は、というと、オークションはすでに終了していました。どんな人が買ったんだろう、と記述をたどっていくと、店頭で売れてしまったとのこと。 面白かったのが問い合わせとその回答。36件の問い合わせには、冷やかし、興味半分、おせっかいといろいろある中で、ガチで購入を考えている方々の専門的な問い合わせが多かったのに少々びっくり。冷やかしを含めてどの質問に対しても出品者の回答が丁寧だったのも印象的でした。 どんな方が購入してこれからどうするんでしょうね。 さて、そのYS-11。戦後初の国産旅客機(装備の多くは外国製ですけど)として開発され、全部で182機が作られました。主に全日空と東亜国内航空(後の日本エアシステム、その後JAL)が昭和40年(1965年)から平成18年(2006年)まで国内線で運行していました。海外にも輸出され、何とアメリカの航空会社でも使われていました。 日本では航空会社の他に航空自衛隊、海上自衛隊、海上保安庁、航空局が使用していました。長らく大事に使われてきましたが老朽化には勝てず、航空局は平成18年(2006年)、海上保安庁と海上自衛隊は平成23年(2011年)に全機退役させ、現在YS-11を運用しているのは航空自衛隊だけとなってしまいました。貴重なその姿は入間基地航空祭で見ることができるようです。 他の機体はどうでしょう。まず、試作1号機。まだ残っています。 YS-11試作1号機(JA8611) 成田にある航空科学博物館で野外展示されています。これは2010年に撮影したものですが、今でも同じ。野外展示というより野ざらしのように見えます。 量産1号機...